『るきさん』から紐解く、女同士の友情が長続きする秘訣

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『るきさん』高野文子/筑摩書房

都内で気ままな独身生活をおくるアラサーのるきさんと、大手企業でOLとして働く親友のえっちゃんのささやかな日常の一コマを切りとった「るきさん」。本書は、1988年~1992年のバブル真っ只中に「Hanako」(マガジンハウス)で連載されて話題を呼び、いまだなお、幅広い世代の女性たちから圧倒的な人気を誇る名作漫画だ。「バブルなんてどこ吹く風」といった風情でマイペースに生きる倹約家のるきさんとえっちゃんの友情を、1話16コマの読み切りで実に軽やかに綴っている。

作者の高野文子は、大友克洋やいしいひさいちらと並び、少年・少女漫画の枠組みに囚われない作風で漫画界のニューウェーブの旗手とされた人物。当時のサブカルチャーの先端を走っていた人物と、「Hanako」というメーンカルチャーの最先端を走る女性を対象にした雑誌の食い合わせは異質ですらあったが、読者層の幅広さもあり本作は高野文子の代表作とされている。

あれから30年余りの月日が流れ、時代は様変わりしたものの、女性同士の友情の形は変わらない。刊行当時といまの風潮を比較しながら、るきさんとえっちゃんの生き方から学べることを考察したい。

目次

価値観もタイプも違うからこそ新鮮で、踏み込みすぎない適度な距離感が心地よい

主人公のるきさんは、医者の保険請求の計算を請け負うレセプターとして在宅ワークをしているアラサー独身女性。ひと月分の仕事をわずか1週間で要領よく終わらせて、残りの3週間は図書館通いをしたり、趣味の切手収集に勤しんだりしながら気ままに生きている。とはいえ決して「スーパーウーマン」というわけではなく、出したものは片付けず、テレビのブラウン管を鏡代わりにしたりするようなずぼらな性格の持ち主で、近所の人から「子連れの母親」と勘違いされても、さほど気にしない度量の大きさを持ち合わせている。

一方、親友のえっちゃんは流行に敏感で、DCブランドのクリアランスセールに行くのが大好きな独身OL。お年頃とあって恋愛にも積極的で、同じ会社で働く年下の小川くんのことが気になっており、周りから「奥さん」と呼びかけられるたびにひどく憤慨している。浮世離れしているるきさんとは真逆のタイプのように見えるが、なぜかこの二人は気が合うらしく、互いの家にしょっちゅう入り浸っては、他愛もない話をしながらだらだら過ごすのが日課になっている。価値観やタイプが違うからこそ一緒に居てもお互い常に新鮮で、あまり踏み込みすぎない適度な距離感が心地よい、といった理想的な関係なのだ。

漫画の中には、正月早々風邪で寝込んでしまったえっちゃんが、いそいそと看病してくれるるきさんに感謝しながらも、割烹着を着てピンクのニット帽をかぶっている彼女を見ながら「ばばくさ」「るきがうちの母親に見えてきた」と悪態をついたり、「るきが私の義理の母になって一緒に暮らしている夢を見た」とるきさんに打ち明けたりするエピソードもある。もはや親友を通り越して、潜在意識のなかでは家族のような存在になっているとも言えるのだ。

30年後の「おひとりさま」ブームを先取りした「るきさん」のその後は……?

今の若い世代には信じられないことかもしれないが、バブル時代、女性がひとりで外食をすることは、考えられないことだった。特に当時のHanakoが想定したような読者層は特にである。だから、バブル全盛期を舞台にした物語でありながら、まるで30年後の「おひとりさま」ブームを先取りしていたようなるきさんの暮らしには驚かされるが、いまとなってはるきさんの仕事自体が「表計算ソフト」であっという間にできてしまうから、その仕事だけで悠々自適に暮らせるほど甘くはないだろう。実際、漫画の中でもるきさんは、バブルの終わりかけの東京にさっさと見切りをつけて、一人でイタリアのナポリに旅立ってしまうのだ。

「えっちゃんとの友情はどうなったのか?」と思えば、えっちゃんは自分に黙って勝手に海外に行ってしまった友人を罵ることなく、るきさんから届いた手紙を読みながら「ほんとにナポリかあ?」と半信半疑であきれている。

「るきさん」のその後については連載が終わった後も多くの人が気にかけていたようで、とある掲示板では女性たちが「ああでもない」「こうでもない」と、るきさんとえっちゃんが辿ったであろう人生に想いを馳せている。「困窮する非正規独身女性の末路」を想い描く人も入れば、「欲がない性格を大富豪に見初められて海外で優雅な生活を送っているはずだ」と夢想する人もいる。でも、たとえお互いの境遇や環境が変わっても、るきさんとえっちゃんの友情は変わらない。いや、たとえ何度生まれ変わったとしても、この二人は人生のどこかのタイミングで必ず出会い、くだらないことを言い合っては一緒に笑い合っているに違いない。30年以上も前に描かれた「るきさん」がいまだ多くの女性たちの心を掴んで離さないことからもわかるように、本作からは大人の女性同士が長く友情をはぐくむためのヒントがたくさん学べるはずだ。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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