ごく普通の恋愛漫画かと思いきや意表をついた着地点に驚かされる『透明人間の恋』

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『透明人間の恋』(安藤ゆき/集英社)

※ネタバレあり

『町田くんの世界』の作者・安藤ゆきによる短篇集。「そこは注文の多い料理店」「透明人間の恋」「マトリョーシカ」「勝手な2人」「drops.」の5篇から構成される本作。なかでも、クラスの人気男子・鈴鹿に告白して「あんた鏡みたことあんの?」とこっぴどく振られた田辺さんが、ある気付きから一念発起して美少女に生まれ変わる表題作「透明人間の恋」には、思わず「なるほど。そういう捉え方もあったか!」と唸らされた。ごく普通の恋愛漫画かと思いきや、着地点が意表をついていて、読み終わったあとに世界の見え方がガラリと変わる。

著:安藤ゆき
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「絶対キレイになって見返してやる!」ではないところが唯一無二の物語に

髪がボサボサで瓶底メガネの冴えない主人公が、コンタクトに変えたら実はイケメン&美少女だったという話は定番中の定番だ。けれどもそのイメチェンのきっかけが「絶対キレイになって見返してやる!」といった類のものではなくて、「もちろんショックではあるけれど、ちゃんと自分のことを認識してくれてありがたい」という、読んでいるこちらが拍子抜けするほど真っ直ぐな反応であることが、本作を唯一無二のものにしているのではないか。

とはいえ、もし自分が好きな男子に告白して、「あんた鏡みたことあんの?」とクラスメイトの前で言われたら、ショックすぎて立ち直れないだろう。この漫画に登場するクラスメイトの反応はまともで、「あの振り方はさすがに酷い!」と鈴鹿は女子全員から総スカンを食らい、人気者の地位はダダ下がり。鈴鹿の“モテライフ”がいきなり終了したのは当然の報いではあるのだが、そもそもクラスメイトの前でいきなり告白する田辺さんの気が知れない。

田辺さんは人から注目される機会がなさすぎて、自分でも鏡を見なくなっていただけなので、こんなに酷いことを言われているのに、鈴鹿に自分の人格を否定されたとは思っていない。それどころか「鏡みたことあんの?」という言葉を真に受けて、まじまじと鏡を見て「あ、眉毛つながってる?」「うっすらと、これは……ヒゲ?」と、事実を事実として受け入れていく。そして田辺さんの激変ぶりに驚いたクラスメイトが手のひらを返したようにチヤホヤしてきても、決して浮かれることはない。「だせぇくつ下!」と鈴鹿に言われれば、「そっか。あたしってださいのか」「気付かなかったな」と自分磨きに励むのだ。

田辺さんの見た目が可愛くなっても認めない鈴鹿の真意はどこにある……?

だが見た目が劇的に可愛くなっても、鈴鹿のアラ探しは止まらず「お前、いっつも同じ顔して感情死んでんの?」と容赦がない。にもかかわらず、田辺さんは「感情は盲点だった」と再び我が身を振り返り、「存在感が薄くて、誰にも相手にされずに寂しい」という感情に蓋をして、平気な素振りで生きてきた自分のことを、他のクラスメイトや教師のように無視することなく「もっと気付かれる努力しろよ」と唯一声をかけてくれた鈴鹿に、むしろ恩義すら感じている。「あなたがわたしを見つけてくれて、気付かせてくれたの」と。

「実は誰よりも早く田辺さんのポテンシャルの高さを見抜いていた鈴鹿が、ぶっきらぼうな言葉で発破をかけた」というと聞こえはいいが、こじらせすぎてむしろ違う方向に極めていた田辺さんが相手だからこそ、成立した夢物語であることは間違いない。

見失っていた自分を見つめ直すきっかけを与えてくれた鈴鹿に感謝でき、「そういう鈴鹿くんが好き!」と自らの信念を貫く田辺さんは立派だが、誰かのキツイ言葉がきっかけじゃなくても自己肯定感が高められる方が、長い目で見ると幸せな気もしてしまう。漫画の中では描かれないが、個人的には田辺さんに「見つけ返してもらった」鈴鹿の変化にも期待したい。

著:安藤ゆき
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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