『ダルちゃん』(小学館)のはるな檸檬が魑魅魍魎としたファッション業界のリアルを描いた秀逸なお仕事漫画であり、ゾッとするヒューマンホラーとしても話題沸騰中の『ファッション!!』。服が好きで上京後、長年アパレル業界で働いてきた新道開は、泣く子も黙るガチのファッションオタク。今でも「東京コレクション」に通い、後輩のセレクトショップのバイヤーも担当しているが、守るべき妻子ができ、実はテレビ番組の電飾関係の仕事で生計を立てている。
そんなある日、希望に燃えた若者ジャンと出会ったことから、開の運命が一変する。「ジャンくんのような若者が未来に希望を持てる業界にするために、自分にも出来ることがあるんじゃないか」という使命感にかられ、自分が持っているアイデア、時間、人脈、信用の全てを捧げ、彼の「東コレ」デビューを成功させる。だが、ジャンの本性が次第に明らかになっていき……。
何かに夢中になると損得勘定抜きに突っ走ってしまうのがオタクの性だが、そこにつけ込み、無邪気を装いながら自分の役に立ちそうな人を次々と懐柔していくジャンが心底恐ろしい。華やかに見えるファッション業界の闇に迫りながらも、人間の心理を魅力的な画で巧みに描いた本作の魅力を紹介したい。
ベールに包まれた業界のリアルな裏側をのぞき見できる“お仕事漫画”の代表格
これまで本サイトで好きな作品を紹介してきたなかで、改めて気付いたことがある。それは、筆者自身が「大のお仕事漫画好きである」ということだ。世の中の漫画やドラマの題材の多くが、医者や弁護士、警察など、いわゆる「職業モノ」であることを鑑みれば、あえて特筆すべきことでもないのだが、漫画家や映画の宣伝マン、カメラマン、芸能事務所のマネージャーなど、資格や免許がなくてもなれるが、実はどんな世界なのか外からはあまり良く分からないという、ベールに包まれた業界の裏側を知れるのが、面白くて仕方がない。
今回取り上げる『ファッション‼』は、まさしくその代表格と言ってもいいかもしれない。デザイナー志望の学生がこの業界でのし上がっていくためにはいったい何が必要で、果たしてどれくらいのお金がかかるのか。その甘くない現実を「これでもか!」とばかりに読者に突き付けてくるのだから、ページをめくる指にもおのずと力が入るというものだ。中には「こんな舞台裏なんて知りなくなかった。純粋にファッションが楽しめなくなる」という人もいることだろう。でも、怖いモノ見たさもあって、続きを覗かずにはいられない。
なかでも一番衝撃的だったのは、「東京コレクション」で会場費が免除される「支援枠」の審査に受かったとしても、ショーを開催するためには舞台監督とスタイリストとヘアメイクプレスが最低限必要で、さらに照明・電飾・音響・大道具・小道具などを含めてまるっと制作会社に依頼すると、余裕で1000万円近い金額がかかってしまうということ。夢を追う貧乏な若者にそんな大金が用意できるわけもなく、手弁当でやろうとしたら強力なコネクションと膨大な労力が欠かせない。「才能ある若者を応援したい」という有力者たちを巻き込んで、お金では手に入らない満足を与えることで協力してもらう以外には方法がないのだ。
「お金はないけどファッションにかける情熱だけは誰にも負けません!」と自負する留学生のジャンにほだされて、開が全身全霊をかけて突っ走る姿はどこか、「遅れてきた青春」を見ているようで清々しいくらいだが、ジャンが時折覗かせる超邪悪な顔つきを見るにつけ不幸な結末しか思い浮かばず、なんともいたたまれない気持ちに駆られてしまう。人の善意に付け込んで、その道のプロがこれまで十数年かけて培ってきたスキルをむさぼり尽くそうとするジャンの厚かましさとあさましさに、鳥肌が立つほどの嫌悪感が湧き上がる。
「ファッション業界のあるべき未来のために」奔走する開と邪悪なジャンの行く末は!?
ファッション業界のすべてがお金で回っている世界であり、たとえ才能があってもお金がないと成功できない仕組みは頭では理解できるのだが、純粋な人たちにまっとうな道の歩き方はきっと誰も教えてくれなくて、騙されながら、傷つきながら、何かを失いながら、いばらの道を歩き続けるほかないという現実に、打ちのめされずにはいられない。それと同時に、すでにその世界で富や名声を成している人たちは、現在の地位を築くためにいったい何を犠牲にしてきたのだろうかと、思わず邪推してしまいそうになる。
『ファッション‼』は現在2巻まで刊行されていて、月2回公式サイト「文春オンライン」で最新話を更新している。読者には、ジャンの裏の顔が同時進行で垣間見えるが、開は自分がジャンに騙されていることにすら気付いていないばかりか、ファッション業界の本来あるべき未来のために、またしても危ない橋を渡ろうとし始めている。かつて有名デザイナーに騙されて、巨額の売上金を持ち逃げされた経験を持つにもかかわらず、だ。開がこれまで費やしてきた努力が報われる結末を願うばかりだが、たとえどんな悲惨な結果になったとしても、その行方をしかとこの目で見届けたい。