心が折れて、仕事を辞めた千春。バリキャリだが、男でつまずくナカムラ。恋人との関係がうまくいかず、疑心暗鬼なゲイの英治。同じ美大出身の28歳の3人の男女が、自死した友人の葬儀で再会し、一緒にかしましくご飯を食べるうち、生きる希望を取り戻していく『かしましめし』。ご飯を食べている時の3人の表情が本当に幸せそうで、読んでいるこちらまで元気がもらえる一冊だ。ルームシェア×レシピ付きジャンルの中でも、ひと筋縄ではいかない人生の機微が丁寧に描かれた、脛に傷持つ人に響きそうな、本作の見どころを紹介する。
はぐれ者たちの拠り所は、適度な距離感と美味しいごはん
「別にすべて白黒つけなくても、グラデーションのままでいいじゃない。一緒にいても土足では立ち入ってこない適度な距離感が保てる人たちと、武装モードを完全オフにして、美味しいごはんが食べられるひとときがあるならば……」。これが本作の1巻を読み終えた筆者の率直な感想だ。
たとえどんなに幸せそうに見えたとしても、世の中の大半の人が毎日ハッピーではいられないように、この漫画の登場人物たちも、決してお気楽に生きているわけではない。人生のどん底、とまではいかなくとも、思い通りにいかないことの連続で、ふいに不安に襲われる。変わり者が多いとされる“美大出身”であるがゆえ(?)、社会からはぐれた者たちが再会し、ゆるやかに連帯しながら、励まし合いながら、なんとか生き延びる姿には、似たような境遇のままさらに年齢を重ねてきてしまった筆者も、勇気をもらえずにはいられなかった。
「欲しいのは“問題の解決”とかじゃない」と知っている人だからこそ分け合えるやさしさ
心がモヤモヤすると無性にキャベツの千切りがしたくてたまらなくなる料理好きの千春も、バリキャリだが、家に帰るやマッハでコンタクトを外し、髪をひっつめ武装解除するナカムラも、平静を装いつつも、恋人の行動が気になって仕方がないゲイの英治も、「28歳ともなれば知っている。私たちが欲しいのは“問題の解決”とかじゃない。問題が解決したって、助かるわけじゃないんだ。だからせめてごはんは美味しく。生きる運動だけは楽しく。(中略)起きてから寝るまで、自分に優しい人とごはんを食べる」を、モットーにして生きている。
会社を辞めたことをなかなか2人に言い出せなかった千春が、「今だ!」と意を決して「私はね、会社を辞めたんだ」と話し出そうとしたとき、ナカムラと英治はポンっと千春の肩を叩き、口々にこう言った。「話したくなければ、無理に話さなくていーよー」「美味いもん食うとったら、美味い美味い言うだけで時間過ぎるやん。最高の贅沢やん」と。
真価が問われるのは「美味しいごはん」より「不味いごはん」と遭遇したとき
千春とナカムラと英治が3人で一緒にライブにいった帰り道、「まもなく廃業する」という屋台の安いラーメンを一緒に食べながら、千春と英治から漏れる心の声も実に秀逸だ。
「頭のなかの音の記憶を、感動の記憶を、言葉にしてみんなでわけよう。でないと、この湯気のようにいつかは消えてしまうから」
「覚えておこう。音楽も、美味しいごはんも、やさしい時間も、わけ合わないとすぐ消えてしまう。そのために僕らは一緒にメシを食う」
彼らのモノローグを読んだ時、「あぁ、自分がライターをやっている理由も、そういうところにあるのかもしれないな」と、妙に腑に落ちた。
「自分のことを甘やかしてくれる人たちばかりに囲まれていると、ろくでもない人間になる」と、かつてどこかの誰かに諭されたことがある気もするが、ときには「傷の舐め合い上等!」と言いたくなる日だってある。自分は博愛主義者でもなんでもないが、できることなら誰とでも、疲れたら互いに肩を貸し合える間柄でいたい。恋人じゃなくても、家族じゃなくても、「楽しい!」「面白い!」」「嬉しい!」「美味しい!」と素直に言い合える仲間さえいれば、きっと明日も生きていけるはず。でも、ひょっとすると不味い料理に遭遇したときにこそ、真価は問われるのかもしれない。「うわ、何これ!? めっちゃマズ~ッ(笑)!」と一緒に笑い飛ばせるかどうかで、もっと仲良くなれる相手かどうか、見極められるのではないだろうか。