『てるみな』……『ぱらのま』の前日譚的作品で描かれる奇々怪々な鉄道旅物語

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てるみな
『てるみな』(kashmir/白泉社)

孤高の鉄子な“鉄猫耳”少女が、現実ベースの架空世界を走る電車に乗り、ゆるりとお出かけする様を描く異色の鉄道漫画『てるみな』。作者・kashmirの出世作となった『ぱらのま』(白泉社)の前日譚的作品は、怖くて可愛い、気ままでゆるやか、不気味でアンニュイ……さまざまな世界観が交錯する、稀有な世界観が濃厚なのです。

目次

乗り鉄な猫耳少女が織りなす並行世界の鉄道旅

「ある朝 起きたら 頭にヘンなものが生えていた」

なぜか頭に猫耳が、お尻にしっぽが生えてしまった少女は、鉄道が大好きな、いわゆる“乗り鉄”の女のコ。

行きと帰りで違う路線に乗りたい、遠回りでも乗ったことがない路線を使いたい。他人には(理由を)うまく説明できないけれど、そうなの。と語る彼女は、半人前の“鉄子”として気ままな鉄旅に出かけます。

そんな彼女が暮らす町は、階層や異次元がいくつも重なり合ったような、私たちの現実とは似て非なる世界。例えば……。

京央電鉄の券売機には「ねこみみ」ボタンがあり、猫耳の彼女は子供料金の1/10の額で電車に乗れちゃいます。「けいおうはねこみみにやさしい」と知った彼女は、しっぽが乗車券代わりになることも覚えます。

俊足で知られる鯨急電鉄の快特(快速特急)は、時速1,200kmで疾走し、並行ライバル路線の横須賀線・東海道線を一蹴します。もし並びかけられたなら、マッハ号のような秘密装備を繰り出して脱線転覆させればOK!? 「きょうもげいきゅうがかった」と、彼女は安堵します。

ちなみに、京戌電鉄の特急「スカイライナー」は時速1,600kmで爆走し、上野から戌田空港まで3分40秒で結びます。

秩父から秩父電鐵~西部秩父線・池袋線~地下鉄~東横電車の直通電車で中華街を目指した彼女は、途中駅で線路脇の雑草を食べる山羊や、すぐに増えてしまう駅員を食べまくるヤギ(?)に目を奪われるうち、奇妙な“さいたま中華街”に連れていかれてしまいます。

著:kashmir
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実在の鉄道がモチーフだけに鉄分は濃厚!

ちょっと待て……とツッコミたくなる物語ですが、不思議と自然に読み進められるのも、作者ならではの世界観ゆえでしょうか。

前述の電車が、実在する鉄道路線を題材にしていることも、鉄道好きな方ならおわかりかと。京央=京王、鯨急=京急(京浜急行)、京戌=京成、西部=西武、東横=東急、秩父電鐵=秩父鉄道をイメージすれば、各路線や鉄道会社の特徴や歴史が生かされた物語を、いっそう楽しめるわけで。

路線図や構内図、ポイント構造、曲線半径といった鉄ネタも随所に散りばめられ、鉄道ファンならほくそ笑みながら読み進められるはず。

廃線跡の終着駅周辺を散策し、残された遺構や立地などから路線敷設の目的や経緯を推察する楽しさ……なんて鉄趣味の面白さも、取り上げられていますから。

とはいえ、語り手が可愛らしい猫耳少女なので、物語がマニアックになり過ぎることはありません。鉄道系漫画にありがちなディープさを、あっさり淡々と、可愛らしく描く不思議感覚も、本作の魅力でしょう。

臨海新交通「ゆりくらげ」(=ゆりかもめ)、新交通システム「むりかもめ」(=東京モノレール)を始め、東武鉄道、中央線、南武線、東京都電なども続々登場し、鉄趣味的な面白ネタを提供してくれます。

理不尽+狂気の内面に見え隠れする永井荷風的美学

TXつくばエクスプレスも帝都新都市交通常磐新線「トキワエクスプレス」として登場しますが、あちらのTXは素粒子加速実験トンネル内に敷設され、素粒子実験事故で初運行列車が消失。行方不明704名という、鉄道史に残る大事故を起こして廃線に……。

その列車に乗っていたらしいメイドさんが秋葉原に現れ、都市階層深部で生き残る旧アキバ文化に消えていく……などと切なく哀しい物語も描かれます。

実はこの作品、人が当たり前に死んでしまうわけで。ヤギに食べられる駅員やTX事故に加え、お台場に設置された某人気ロボットアニメのアレがモノレールを砲撃するわ、海岸線へ向かう電車が半漁人生物(?)とともに海へ沈むわ……。高尾山へ上る電車は、重量軽減のため後部車両を切り離し、乗客もろとも谷底へ転落させ……。

おどろおどろしい、グロテスクさすら感じさせる異世界都市では、呆気にとられるショッキングな出来事が次々と起こります。

しかも、物語の多くは完結せず、「エ?」と思わせたまま淡々と、プツンと終わってしまうわけで。

フツーに考えれば消化不良で、クセが強すぎる作風ながら、なぜか納得の読後感が残る奇妙さもまた、kashmir作品ならではの味わいでしょうか。

ひと言で表現するなら、理不尽+狂気。

不気味な都市を彷徨う猫耳少女は違和感まみれですが、彼女の可愛らしさがなければ、物語がシュール過ぎて読み進められないとも。ゲスト登場キャラの各“おねえさん”も精神に狂気をはらむ面々で、不条理な組み合わせだけでもお腹いっぱいに……。

ちなみに、東武鉄道編で舞台となる玉乃井は、地理的にも永井荷風の小説『濹東綺譚』がモチーフと思われます。鉄道史の研究資料としても貴重な同作品ですが、本作の内面に、荷風の作風とも相通じる美しさが感じられる点も加筆しておきましょうか。

あ、もうひとつ。本作品『てるみな』を、電車内で読むのはやめましょう。フッと本から顔を上げたなら、車窓に知らない異世界が広がり、向かいの座席には人間じゃない人っぽい何かが座っているかもしれないので……。

著:kashmir
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この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

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