政府が後押しする「AI婚活」――「iメンター」が現実に
「政府は来年度から、少子化対策の一環として、AI(人工知能)を活用した自治体の婚活支援事業を後押しする」。
SFの書き出しではない。2020年12月に読売新聞などが報じた、れっきとした現代日本の政治ニュースのひとつである(https://www.yomiuri.co.jp/politics/20201207-OYT1T50151/)。
記事では、「年齢や学歴、年収などの希望条件に当てはまる相手を紹介する」方式が一般的な現状のマッチングサービスに対して、AIを活用したシステムでは「趣味や価値観などの質問への回答やシステム内の検索傾向などを基に、希望条件と合致していなくても”自分に好意を抱く可能性のある人”を割り出し、提案する」ことが可能になると説明している。
Twitterではこの一報について、「マンガ『iメンター』のようだ」といった声が散見された。
それもそのはず。「iメンター」と呼ばれる人工知能が人間に的確なアドバイスをする近未来を舞台にしたSFオムニバス『iメンター すべては遺伝子に支配された』において、第1話で象徴的に取り上げられているのがこの「AI婚活」を思わせるエピソードなのだ。
人生の決断はiメンターに任すのが吉――「失敗」のない人生の歩み方
最新の遺伝子情報を基に、ひとりひとりの人生のあらゆる“可能性”を数値で示してくれる、“暮らしの水先案内人”足りうる人工知能アプリ「iメンター」を搭載したタブレットが、中学生以上の国民に配布されている……そんな近未来を舞台にしているのが『iメンター すべては遺伝子に支配された』だ。
第1話の中心人物となる朝地甲介は「iメンター」を受け取った中学生当時、将来の夢である小説家の職業適性値が3%、地味なクラスメイト・入佐真白との結婚相性度が100%と診断されたことに反発していた。
「あくまでアドバイスのみ」「従うか逆らうかは個人の自由」とされている「iメンター」について、平凡な人生は拒絶すべきものだと思っていた彼は当初こそ「誰がこんなもののアドバイスに従うか!」というスタンスだが、次第にその便利さに耽溺していく。
やがて、あらゆる決断を「iメンター」に任せることで“「失敗」のない人生”を歩むようになっていた甲介は、ひょんなことから真白と再会。かつて100%と診断された相性の良さは疑いようもなく、あれよあれよと付き合うことになり……というのが冒頭の展開となる。
AIの“違和感”とは――永世七冠・羽生善治の言葉を借りて
現代日本において、AIの進出・発展が特に目覚ましい分野のひとつである将棋界。その第一人者である羽生善治は、『人工知能の核心』において「(AIを利用した)コンピュータ将棋は、機械と人間をめぐるモデルケースになっている」としたうえで、直面する“違和感”のひとつに「人工知能がブラックボックスになっている」ことを挙げている。
これはつまり、“「計算すべき膨大な情報をどのように処理して、その結論に至ったのか」が分からない”場合が問題になるかもしれない、という指摘である。これ以上のあらすじを書くとネタバレになってしまう『iメンター すべては遺伝子に支配された』だが、この「ブラックボックス」が存在することが物語のキーとなることにだけは触れておきたい。
作中では、一般的な観点からするとかなり信ぴょう性が高いように感じられる「最新の遺伝子情報」がAIの土台になっているという設定だが、そこから導かれる得体の知れない“最適解”だけでは人間を管理しきれない……という流れは、今のご時世ではたかがSFとは笑えないはずだ。
「AIが示すもの」によって「人間が求めるもの」を炙り出す。普遍的に時代に問い掛けるものがある、ジョージ・オーウェル(※)的な世界観の最先端をいく作品のひとつである。
【注釈】
※=イギリスのSF作家。代表作『1984年』は、全体主義国家による管理社会を描くSFジャンル「ディストピア」を代表する一作として知られる。