小さな町を飲み込むノイズ、終息の日は訪れるのか……。今、改めて倫理について考える——『ノイズ【noise】』

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『ノイズ【noise】』(筒井哲也/集英社)

※ややネタバレあり

目次

倫理について考えさせられる、思考実験にも似た秀作

一度でも罪を犯せば、いくら上手に隠しても決して消えることはない。

いかなる理由があれど、その罪からは決して逃げられない。

歪んだ正義はつまるところ悪であり、正義にはなり得ない。

『ノイズ【noise】』は、非常に考えさせられるテーマを扱ったクライムサスペンス漫画である。嘘は嘘を呼び、どんなに取り繕っても真実は揺るがない。

倫理学の思考実験に、有名な「トロッコ問題」がある。暴走したトロッコが進む線路の先に5人の作業員がおり、5人を助けるためには、レバーで進行方向を切り替えるしかない。しかし、切り替えた先の線路には、別の1人の作業員がいる。5人か1人、必ずどちらかの作業員が犠牲になる場合、レバーを操作するか否かというものだ。

もしこの質問に対して「より多くの人を救うべく、レバーを操作すべき」と答える人に出会ったら、5人全てが犯罪者であったならどうかと聞いてみよう。「命は平等」と思いつつ、一般市民を救うために5人の犯罪者を犠牲にする道も考え始めるのではないだろうか。

この問題に正答はない。より多くの人を救いたいと思うのも、犯罪者は然るべき罰を受けるべきと考えのも、どちらも正しい人間の感情と言えるだろう。

起承転結が素晴らしく、細部まで練り上げられた本作に触れ、今一度自らの倫理と向き合ってもらいたい。

主人公の泉圭太は、限界集落である猪狩町でイチジク農園の経営に成功していた。ある時、農園で雇ってほしいと、鈴木睦雄と名乗る怪しい男が現れる。調べてみると、男はかつて残忍な女子大生ストーカー殺人を犯した元受刑者であった。妻子や平穏な町を守るため、圭太は衝動的に男を殺害してしまう。

その後、居合わせた幼馴染の田辺純、巡査の守屋真一郎とともに事件の隠蔽を画策。鈴木の足取りを追う愛知県警捜査一課の刑事・畠山努の手が迫る中、さまざまな人を巻き込みながら事態は思わぬ展開へ。静かな集落に混じってしまった“ノイズ”はどのような終息をみせるのか……。

著:筒井哲也
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「罪とは何か」「なぜ嘘をついてはいけないか」、その答えが見つかる

鈴木睦雄は惨い方法で2人を手にかけた殺人犯で、“絶対悪”である。長年服役したにも関わらず反省の色はなく、その本質はまるで変わらない。睦雄の描写は徹底的に酷く、嫌悪感さえ覚え、「死んで当然の人間」だと思わされる。それでも、人を殺すことは許されない。天下の大悪人であろうと、一個人が手を下す権利はないのだ。圭太は確かに許されざることをしたが、状況は事故にも近く、正当防衛が認められる可能性もあった。

嘘さえつかなければ、圭太の犯した罪は罪とは呼べないものであったかもしれない。だが、一度でも嘘をつけば、それを事実にするため無限に嘘を重ねてしまう。嘘を重ねることで事実は消え失せ、いつしか善悪の区別もつかなくなる。客観視すればその判断は容易だが、圭太の立場では難しかったであろう。

本作の舞台は限界集落。若者は少なく、閉鎖的で強固な一体感がある。また、圭太には別居中の妻子がおり、仕事は順調だ。細部の設定や背景に至るまで緻密に考えられていて、この難しいテーマを扱うに相応しい。嘘をつくことを選んだ圭太がどのような結末を迎えるか、その目で確かめてみてほしい。

しっかりと描き込まれた線画は力強く、そこに登場人物たちが確かに息づいている。物語はスムーズに進み、動画のような動きと迫力を感じさせるコマ割りも秀逸だ。怒りや悲しみ、後悔といった感情描写も素晴らしい。

絶対悪を殺しても、彼らは罪の意識に苛まれ続ける。殺したのは誰もが「死んで然るべき」と思う人間であっても、やはり罪からは逃れられないのである。閉鎖的な町ならではの雰囲気、そこに暮らす人々の様子も丁寧に描かれているので、“泉圭太”という人間として物語の世界を体験してみよう。嘘と真、罪と罰、正義と不義、そして倫理について考えずにはいられまい。

無垢なる存在によって、圭太には“正しい最後”が訪れる。いかに優しい嘘であっても、嘘では人を救えない。事実はいずれ必ず明らかになり、罪は白日の下に晒される。許されざる嘘をつくとどうなるか、周囲に与える影響を含め、本作はその仔細が明瞭に描かれた非常に優れた作品である。

倫理を学ぶ足掛かりにもしたいハイクオリティ漫画

『ノイズ【noise】』は、筒井哲也氏による、平和な地域社会が小さなノイズによって変化する様を描いたクライムサスペンス漫画である。月2回発刊の青年漫画雑誌「グランドジャンプ」にて2018〜2020年まで連載、完結済み、全3巻。2022年には、廣木隆一監督によって実写映画化された。

濃厚なストーリーが全3巻にギュッと凝縮されている印象。悪の登場によって小さな町に響き始める不協和音(ノイズ)。嘘が生んだ小さな波紋(ノイズ)は徐々に広がり、町を覆う。拡大したノイズに果たして終わりはあるのか。設定やキャラクター、物語はもちろん、タイトルまで秀抜!

余計な部分が削ぎ落とされ、洗練された内容になっているため、大変読みやすく、充実した読書タイムを過ごせるはずだ。

「罪を犯すとどうなるか」が事象面でも感情面でもよくまとまっているので、未成熟な子供に読ませて考える力を養う教材にするのも良いだろう。ある程度成熟した大人にとっては、倫理について考えるよいきっかけになるはずだ。この先、「トロッコ問題」のような、倫理学における思考実験の場面に出くわさないとも限らない。だからこそ、人は考え続けなくてはならないのだ。

本作には、「なぜ嘘をついてはいけないか」に対する1つの答えがある。嘘は、他人はおろか、自身さえも守ってはくれない。嘘はいずれ、自身をも飲み込んでしまう。倫理とは何か、じっくりと読んで改めて考えてみてほしい。

著:筒井哲也
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出演:藤原竜也, 出演:松山ケンイチ, 出演:神木隆之介, 出演:黒木華, 出演:伊藤歩, Writer:片岡翔, 監督:廣木隆一, プロデュース:北島直明

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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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