ゲーム世界を舞台にした異世界ものながら、主人公の職業はデバッガーというアイデアが新鮮で巧妙――『この世界は不完全すぎる』

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『この世界は不完全すぎる』(左藤真通/講談社)
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王道ファンタジーの雰囲気の中に光る仕掛けの数々

異世界に転生や異世界から転生など、実に数多くの“異世界もの”が一大ジャンルとなっている中、本作はゲーム世界から戻ることができなくなった主人公の物語が紡がれていく。ゲーム世界を異世界と捉えれば異世界ものにカウントできるが、ログアウトできない状態をのぞけば、基本的な世界観としては以前紹介した『シャングリラ・フロンティア ~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』(原作・硬梨菜、漫画・不二涼介/講談社)が同じゲーム世界を舞台にしているだけに近いかもしれない。ただし、本作の主人公・ハガは現実世界に戻れない点が大きく異なる。

そして本作の肝にして作風を際立たせているのが、ハガの職業がデバッガーであること。ゲーム世界に閉じ込められる設定をベースにした作品はほかにもあるものの、開発中のゲームやプログラムにおけるデバッグ(※バグや欠陥を探して特定すること)を目的にしているため、基本的にはゲーム内のルールに従って世界環境に影響を与えないようなスタンスで行動している点が興味深い。

後々すぐにわかることだが、クソがつくほど真面目なハガだからこその行動理念であり、とにかくデバッグ作業を欠かさないのだ。このハガの性格もストーリー展開には欠かすことができない味付けの一つになっている。王道ファンタジーのような装いながら、仕掛けを散りばめ、新たな角度から描かれていくストーリーは良い意味で裏切り続けてくれることがうれしい。

デバッグ要素を緻密に組み込んだ演出&構成

本作の特徴は主人公がデバッガーであることだが、第1話からその醍醐味の片鱗をうかがえる。冒頭でドラゴンと遭遇した少女・ニコラを、「ここ……安全地帯なんです……」と言葉をかけて窮地を救うハガ。その後ドラゴンが村を襲撃した際も活躍するのだが、その先に待っていた結果は……。人によっては少しショッキングな描写かもしれないが、少女とドラゴンと村に関しては「イベント」として「シナリオ」が決まっていることを嘆きつつ、それでもハガはバグを調査し報告する姿勢を崩さない。

そのことを踏まえて出会いから場面を思い返していくと、デバッガーの特性を生かした見せ方になっていることに思い至る。こうした気づきは細やかで丁寧な描写&構成の積み重ねの上に成立しているもので、独特な味付けは秀逸だ。

さらに第1話からも推測できることだが、デバッガーはハガ1人ではなく何人も存在。しかも知り合いのみならず、当然ながら別チームもいるため、みんながみんなハガのように閉じ込められてからもデバッグ作業を継続しているわけではない。1年近くの時間が経過していく中、デバッガーだけが使えるシステムそのものに介入してある意味で“チート”になれる「デバッグモード」を使い、好き放題しているデバッガーも登場。真面目にデバッグを続けるハガたちとのやり取りもまた本作に彩りを与え、ゲームや業界にまつわる小ネタも盛り込まれたデバッガー同士のバトルも実に興味深い。

ワクワク感があふれ出すストーリーの行き着く先は……?

さまざまな出会いや出来事、思いもかけない事実も明らかになるなど紆余曲折を経たストーリーは2022年9月時点で、既刊は7巻。道中出会ったデバッガーらとパーティを組み、とあるダンジョンの攻略に挑戦し、苦難の末にようやく脱出するも、世界にある“異変”が起きていたという状況に。何が起きているのかわからぬまま絶体絶命のピンチに陥るハガたちだが、そこに助けとして現れたのは……という、何とも言えないエモさが心憎い。

その後“異変”のタネ明かしが始まり、さらに10月発売の8巻では助けに現れた人物のこれまでについて語られることが予告されている。どこまでもワクワク感と興味を持続させる展開がたまらない。

主人公が転生・転移したわけではないデバッガーであること。デバッガーだからこそ神に近い能力を使える手段は持ちうるものの、決して無双はしないことが、ストレートな異世界ものとは大きく異なる。冒険中もバグを探し、状況次第ではバグを活用して進んでいくエピソードは新鮮な味わいだ。例外を除き、デバッガー以外はゲーム内キャラクターであるというルールが徹底されているのも○。各要素の絶妙なバランス具合が素晴らしい。

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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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