容疑者×刑事のバディが、殺人事件の真相と現代ロンドンの社会問題を浮き彫りにする……『ロスト・ラッド・ロンドン』

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ロスト・ラッド・ロンドン
『ロスト・ラッド・ロンドン』(シマ・シンヤ/KADOKAWA)
目次

「人生なんて たったひとつの出来事で変わっちまうもんだ」ロンドン市長殺害事件の容疑者は“自分”

「じゃあ一緒に乗ってたかもな 犯人」。イギリス・ロンドンで、キング市長の遺体が地下鉄で発見される事件が発生してから2日が経過した。大学生のアルは、事件のあった時間帯にちょうど地下鉄を使っていたことをルームメイトに茶化されるが、クールでシニカルなところがある彼はそれを適当に受け流していた。

しかしその後、鍵が見当たらず上着のポケットを探ったアルは、何故かそこに血まみれのナイフが入っているのを見つけてしまう。キング市長の遺体には、「刃物で刺されたような傷がある」ことが報道されている……。

「警察の者です」。すると間が悪いことに、そこに松葉杖をついた中年の黒人刑事エリスがやってきた。市長殺害事件の目撃者を探すエリスによれば、アルは「同じ時間帯に同じ地下鉄を利用したはず」で、「背格好の一致する人物が市長のそばにいた」という証言もあるそうだ。

明らかに分が悪い状況だったが、それでもアルは血まみれのナイフを見つけたことを告白する。目の前で「俺じゃない」と訴える南アジア系の青年に、かつての苦い経験が重なったエリスは、「真犯人を見つけるんだよ」と捜査に手を貸すよう言うのだった……。

著:シマ・シンヤ
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「きみは間違いなく第一容疑者扱いになる」……作品の根幹を織りなす“現代ロンドンの人種差別”

グラフィックノベルのような表紙に惹かれ、何の気なしに手に取った。しかしいざ読み始めると、現代ロンドンの社会問題も浮き彫りにする、海外の連続ドラマのような魅せるストーリーテリングに手が止まらなくなった。このほど完結巻が発売されたばかりの、新鋭シマ・シンヤによる新感覚クライム・サスペンス『ロスト・ラッド・ロンドン』である。

殺人事件の真相解明を目指すミステリ要素が根幹にあるため、ストーリーに触れるのは冒頭までに留めておく。擬音を抑え、陰影を効かせたスタイリッシュな画面で容疑者×刑事バディによる捜査が展開する本作だが、そんなミステリ要素とともに根幹を織りなすポイントとしては、“人種差別が根ざすロンドンの今”にスポットしていることが挙げられるだろう。

現実のイギリスでは昨今のコロナ禍において、「BAME」の人々に対する差別が改めて表面化している。「BAME」とは、黒人(Black)とアジア系(Asian)、マイノリティの人種(Minority Ethnic)を総称する表現だ。「BAME」の人々は、2018年時点でイギリスの人口の13.8パーセントを占めるとされる。

南アジア系だという主人公アルも、人種で言えばこの「BAME」の人々にあたる。そんなアルが、白人であるキング市長を殺した第一容疑者という扱いになってしまったら……。エリスのセリフにもあるが、「それを覆すのはかなり面倒」であることは想像に難くない。

「イギリスは“それだけ”じゃない」新鋭の著者による、ロンドンの今を感じる注目作

「リアルサウンド ブック」のインタビューによれば、本作のキャラクターには、著者のシマがロンドンへ留学した際に見聞きした人種差別の現実が、ある程度反映されているそうだ(記事ページ)。

シマは同記事で、「日本ではイギリスが舞台って聞いたら白人の話をイメージする方が多いと思うので、実際はそれだけじゃないぞっていうのを紹介する意味でも、こういうキャラ設定になっています」とも説明する。アルとエリスをはじめ、作中の「BAME」の人々の“見られ方”に誇張も矮小化もないことが、物語に実際のロンドンを息づかせているのである。

アルとエリスの“容疑者×刑事”バディはコンビ結成後、現実のロンドンそのままの“見えない壁”にも阻まれつつ、少しずつ殺人事件の真相に近付いていく。全3巻とコンパクトながら、良質なミステリに社会問題を織り込んだドラマは読み応え十分。最新の注目作としてオススメしたい。

著:シマ・シンヤ
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この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

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